在宅訪問薬剤師という仕事を知っていますか?|#024 高橋 伸夫さん
聖学院中学校・高等学校卒業
在宅医療に特化した、在宅訪問薬剤師という仕事があります。
あまり知られていない仕事なのですが、とても大切で、世の中に必要な仕事なので、たくさんの人に知ってもらいたくて、私を取材してもらえないでしょうか?
そんな取材の依頼が聖学院広報センターに届きました。
メッセージの送り手は高橋伸夫さん。
聖学院中高の卒業生です。
資料を拝見したところ、本当に意義のあるお仕事であると感じるとともに、聖学院の卒業生がこうした仕事をされていることを誇らしく思いました。
さっそく、取材を申し込み、浅草橋の勤務先へおじゃまをしてまいりました。
在宅訪問に特化した調剤薬局
地図を頼りに高橋さんの勤務先所在地を訪れましたが、薬局らしきところは見当たりません。
しかし、よくよく見てみると、くもりガラスで中の見えない入り口ドアに「フロンティア薬局浅草橋店」とちゃんと書かれていました。
ーー薬局といえば、病院やクリニックの近くにあって、中に入るとカウンターがあり、薬剤師さんが何人かいて、処方箋を渡すと薬を出してくれる、そういうイメージだったのですが、こちらはだいぶ様子が違いますね。
そうなんです。
フロンティア薬局(フロンティアファーマシー)はよくある通常の調剤薬局ではなくて、ご自宅や介護施設で治療されている患者さんのための薬局なんです。
末期がん、小児難病、認知症、あるいはその他様々な事情で病院に通うことが難しい患者さんのご自宅に薬を届け、また、ただ単に届けるだけではなくて、薬の残り方や部屋の状況などを含めて、患者さんの様子をしっかり観察し、医師や看護師と情報を共有し、治療に役立てています。
連携ということでは、チーム医療ということで私たち薬剤師が医師の往診に同行することもあります。
病院は治療がメインなので、私たちはできるだけ患者さんの生活のことを考えた提案をするようにしています。
通常の調剤薬局でありながら、在宅訪問も行っている薬局は他にもありますが、在宅訪問に特化しているところがフロンティア薬局の大きな特色です。
在宅訪問薬剤師という仕事を選んだ理由
ーー高橋さんご自身はどうして薬剤師になろうと思ったのですか?
また、どのような経緯で在宅訪問薬剤師のお仕事をされるに至ったのですか?
薬剤師になろうとしたきっかけは、恥ずかしながら、あまり志の高い話ではありません。
大学に進学するにあたって私の親が出した条件が「国家試験を取得できる大学に行くこと」だったのですが、医学部や獣医学部の受験はやはり難しくて、そんな中で合格ができたのがたまたま薬学部のある大学だったのです。
そういうわけで、大学には入学したものの最初から薬剤師になりたいとは思っていませんでした。
薬学部の大学で5年生になると病院と薬局での研修に行きます。
「薬剤師にはならない」と決めつけていましたが、研修に行く前に、薬剤師になるもならないも、まずはきちんと勉強してみようと思ったんです。
そして、その頃出会った在宅訪問薬剤師のことが書かれた一冊の本が私の人生を大きく変えることになりました。
『まごころという薬を届けて 訪問服薬というお仕事』(池田尚敬 著 , 2006 , 出版文化社)という本でした。
在宅医療を専門にしている薬剤師の方に相談をしたら、まずは病院で勉強をしたほうが良いというアドバイスをいただき、大学を卒業してすぐは病院に就職しました。
病院での経験は良い学びとなりました。
医師や、医療事務、検査技師の同期が多くいて、立場の違う視点を学ぶことができました。
チーム医療の大切さも学ぶことができました。
いよいよ在宅訪問薬剤師の仕事に転職をしようと思ったときに、在宅訪問を実施している薬局の中でフロンティア薬局を選んだのは、在宅訪問の重要性を一番理解しており、また終末期緩和医療にたいへん力を入れていたからです。
また、在宅緩和医療の第一人者で、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられたこともある川越 厚 医師とずっと一緒に仕事をしていました。川越先生には本当に大切なことを学ばせていただいたと感謝しています。
↓高橋さんのストーリーは日経DIキャリアでもご紹介されています。
声をあげれば挑戦を応援してくれる人がいると教えてくれた
ーー聖学院中高時代の思い出をお聞かせいただけますか?
思い出はたくさんあるのですが、その中から2つお話いたします。
まず、一つ目は中学時代に在籍した探検部です。
中学1年生のときに佐渡ヶ島縦断をしました。
私たち生徒たちは重いテントを持って歩くことができないので、顧問の先生方がゴールまでずっと車で並走してくれました。
十和田湖をゴムボートで横断する計画を実行したことがあります。
十和田湖から川をくだり、日本海に出る計画だったのですが、最後にどしゃぶりになってしまい、ボートで海を出ることができす、歩いて海に出ました。
どしゃぶりだし、景色もあまり綺麗ではなかったですね。
四国は周りにお遍路の方とかいて、不思議な感じがしました。
旅はそれぞれ1週間くらいで、重いリュックサックを背負って、風呂にも入らずに過ごしました。
そんな私たちにいつも最後まで先生方はつきあってくれました。
四国で先生が差し入れしてくれたバナナが美味しくて、今でもその味を思い出せます。
風呂に入らないので不衛生ですし、きっと身体が臭っていたと思うのですが、保健室の女性の先生にもいつも同行いただき、本当に感謝以外にありません。
もう一つはキリスト教教育です。
私はクリスチャンではなく、在校当時はまじめに礼拝に参加していた生徒ではありませんでした。
高校を卒業して、大学に進学して、社会に出て、不思議なものですが、時を経るにつれて聖書の教えを思い出す機会が増えていくのです。
一例をあげると、礼拝の説教で学んだ、の「タラントン」のたとえ(聖書のマタイによる福音書25章14節〜30節)があります。
高校生のときには難しくて、その意味がきちんと理解できませんでした。
タラントンはタレントの語源です。
神から与えられた能力(タレント)を生かして、新しい価値を生み出すことが「生きる」ということで、それを精一杯使わないことは罪なのだと理解をして、今は仕事で実践しています。
また、やはり学校で学んだ、アシジの聖フランシスコの「平和を求める祈り」の「わたしをあなたの平和の道具としてお使いください」を心の中で復唱しながら患者さんの日常を支える仕事に従事しています。
実は会社のロッカーにも「平和を求める祈り」が書かれた紙を貼っています。
ーー高橋さんにとって聖学院とはどんな存在でしょうか?
声をあげれば挑戦を応援してくれる人がいることを教えてくれたのが聖学院です。
探検部ではゴールするまで顧問の先生方は伴走してくれました。
また、大学受験の際に私が理科の2科目の受験が必要だったので、通常なら希望者が少なくて開講されなかったかもしれない科目を開講していただきました。
聖学院は生徒の挑戦に応えてくれる先生方がいる学校です!
キャリアコンサルタント資格取得
終末期在宅医療の格差解消
ーー高橋さんのこれからのビジョンをお聞かせいただけますか?
今、私はキャリアコンサルティングの国家資格取得をめざしています。
薬剤師を専門に支援するキャリコンサルタントになりたいのです。
私自身、仕事が忙しすぎてボロボロだったときに、キャリアコンサルタントのカウンセリングによって救われたという経験があります。
深刻な局面に立ち会う機会の多い薬剤師という仕事は、メンタル面で厳しいところもありますし、業務に振り回されることがあります。
また社会の変化によって薬剤師に求められる働き方は変化していますので、それについていけないと思っている薬剤師の方は実は相当数いるのではないかと思います。
そうした薬剤師のみなさんが、離脱しないように支えたいと考えていて、自分自身の強みや価値観に気づいて、自分らしい生き方をしてもらえたらと思っています。
もう一つは終末期在宅医療の地域格差の解消をめざしたいと思っています。
在宅緩和医療によって終末期の患者さんの誰もが、最後まで自分らしく生きられる社会となるように研究をしています。
母校の千葉科学大学で研究をさせてもらっていて、実は今度、講演する機会もいただいています。
知ることでモノの見え方が変わる経験
聖学院中高の体育館の前に白木蓮(はくもくれん)の木があります。
満開になると教室の窓から本当に綺麗に見えます。
授業中ぼんやりと眺めていたら、国語の松野先生が私の近くにやってきて、授業にうわの空だったことを怒られると思ったら、「白木蓮の花きれいだよな」と花の名前を教えてくれたのでした。
先生に名前を教わってから、白木蓮の見え方が変わりました。
なんとなく、花の中でも特別な存在となり、白木蓮と自分との間に関係ができたような気がしてうれしくもありました。
そのとき私は、知ることの楽しさというものを体感したのでした。
そしてそれが現在の私の積極的に学ぶ姿勢につながっているのです。
(取材:2022年9月)
ーー ありがとうございました。これからも患者さんのために頑張ってください。
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